日程のうち数日合っていた友人に車を運転していただき、奄美をめぐりました。
まずは定番のひさ倉さんです。とりさしが美味でした。
定期船でかけろまへ。
加計呂麻の「生間(いけんま)」港です。
むちゃ加那節の碑と、お母さんのうらとみさんのお墓です。亡くなったのは喜界島ですが、生地ということでここにもあるようです。
加計呂麻に移住した友人に奇跡的に会うことができ、さんご塩(海水から作る塩)を作っている所とその海水をくみ上げている浜に案内というか、いろいろ運転していただきました。なれているだけあって飛ばします...
戦時中の弾薬庫が残っていました。
古仁屋へ戻り、ユートピアという宿にて、いつもお世話になっているNaoさんとお食事と唄あすびです。お食事だけだとこの豪華さ、しかも焼酎飲み放題で、2000円です。安。
ここはどこだったか...忘れちゃいました。
ほのほし海岸、だったと思います。
大笠利の8月踊りを拝見しました。
昔は家々を全部まわっていたそうです。今は数カ所だけですが、それでも長いです。
それぞれの場所で踊って、お食事して、手踊りでしめて...ずっと見てたら「参加せんばいかんがね!」と怒られたので見よう見まねで参加させていただきました。
龍郷の秋名にて。早朝にショチョガマという行事です。日が昇る前から太鼓をならし、幻想的です。
男の人はどんどんのぼります。
かけ声でゆらします。今回はなかなか倒れず、また唄ってはを繰り返し...
ズドーンと倒れて
その上で踊ります。
こういう高台で行われました。
立神といって、岩に碑をたてたものがたまにあります。
早朝のショチョガマ、夕方は平瀬マンカイという行事です。
あやまる岬...だったかな...記憶が...
このあたりで、運転していただいたかたと別行動になり、次の日はバスかな...と思いきや。
この日の宿として、贅沢にもリゾートホテルの「ティダムーン」さんに宿泊(ツアーにするため1泊は決めないと行けなかったので、旅行センターのかたのおすすめで龍郷に近い所ということで...しかし名瀬のほうが近かったというオチであります)したのですが、土濵笑店のあかりさんのお父様が来てくださり、次の日からお父様ツアーが始まるのでありました。
(追記: 当日も、お父様にお家にお招きいただき、姪っ子さんのRちゃんの唄や、いろんなお話をさせていただいたり、伝説の唄者さん(なんと、あかりさんのお母様姉妹の長女なのです)の上村リカさんの音源を聞かせていただいたり夜中までおじゃまさせていただいたのでした。私はお母様におくっていただきましたが、一緒の友人は朝まで寝ていたそうです)
土盛海岸...だったかな...き、記憶が...
お父様が、唄者さんのR.M.さんに会わせてくださり、今度はR.M.さんにまたもや笠利の8月踊りに連れて行っていただきました。(8月踊りは何日も行われます)
今回は怒られる前に参加いたしました。場所ごとにお料理がふるまわれ、お腹パンパンです。
大笠利でも3つほど集落があるそうで、2つの集落を拝見しました。その後さらにM.NさんやM.Yさんもいらっしゃる宴会に参加させていただき、素人ながら唄わせていただいたりしてしまいました。無礼講であります。
名瀬に泊まりました。前日も名瀬を少しうろついたのですが、皆さんがおっしゃる通り、シャッター通りばかりになってしまっていました。ダイエー等、大型店にお客さんが流れてしまっているそうです。
まだ泳いでなかったので最後の日は泳ごうとばしゃ山に行きましたが、津波注意報がでていたので食事してのんびりしよう...と思い、ごはんの量くらいある豚肉入りカレーをいただいて、のんびり...しはじめたら、
お父様がまた来てくださり(私の居場所はお伝えしてません)、土濵海岸のシュノーケル(私がたまたまシュノーケルの道具を持っていただけで、持っていなかったら生身?でした)ツアーをしてくださり、岩のような珊瑚をぬって泳ぐという貴重な経験をさせていただきました。ウニがいっぱいで足がつけないのが怖いのですが、慣れてくると海水の浮く力があるので立たなくてもいいという感覚がわかってきて楽しめました。
海から上がるころに気づいたのですが、うっかり踏んだらしいナマコの糸攻撃が足にからみついておりました。すさまじい粘着性で次の日にお風呂でがりがり削らないととれないほどです。あの粘着性、何かに生かせるのではないでしょうか。
おまけ: 奄美にない銀行のカード、しかも静脈認証のやつを持って行ってしまい、現金がぎりぎりという、ふりむん(おばか)な私でありました。


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